ウォシュレットの使い方
by 煙真
私は、あのときにとった軽率な判断を後悔している…。
仕事が終り、帰りの電車に揺られるなか、不意に私の腹が痛み出した。そのときはまだ、痛みとはいっても激痛と呼ぶには程遠く私は駅のトイレを使うこともせず、そのまま帰路を歩くことにしたのだ。
しかし、そんな私の軽率な行動をあざ笑うが如く、道の途中で私の腹は突然、激しい痛みを訴え始めたのだ。
(なんだ? 何が原因だ?)
考えたところで全く意味を持たないことを意識しつつ、もう少しで我が家に着くという考えから、近くのコンビニを訪れることもなく通過していく。
激痛に腹をおさえ、ゾンビが街を徘徊するがごとくゆっくりと歩くこと数分、なんとか我が家に到着することができた。急いでカバンの中の鍵を取り出し、激痛と、内から迫り来るその驚異に耐えつつ、トイレへと向かう。
(間に合った…)
ほっとしながらドアノブを捻る。が、予想していた反応とは明らかに違う違和感。開くはずのその存在が開かないという予想外だにしない恐怖。
(まさか…まさかまさか……っ!)
つまりは、そういうこと。そこに先客がいるということだ。
あと少しで地獄を抜けられると思った直前で蜘蛛の糸を切られたカンダタの様な気持ちになりながら、耳をすましてみると、跳ねるような水音が聞こえてきた。
(……!!)
つまり、そこにいる誰かはウォシュレットを使っているということだ。そして、それは同時にトイレからもうすぐ出るというサインとも考えられる。ならば、あとほんの数十秒耐え切れば、私は助かる…そう思っていたときだった。
「ん…んんっ…はぁっ……」
中から聞こえたのは娘の声。それも、何かに耐えるような辛そうな声だ。もしや、娘も私と同様、お腹を壊しているのだろうか。
「んん…はぁ、はぁ…」
それにしても…
「あっ! ……はぁ…っ、はぁっ……」
出てくるのが遅い。
「んっ! んんっ! はぁっ!」
(まさか…)
そう、娘はおそらく警戒しているのだ。トイレから出た後で、また大きな便意にみまわれたとき、他の誰かが入ってしまったら…と。ウォシュレットによって適度に刺激された尻からまだ残っている便が出てくるのではないか。そう考えていても不思議ではない。
だが…だが……っ!
こちらとて、一刻を争う事態なのだ…っ!
たまらず、私はドアをノックする。
「ま、まだなのか?」
弱々しい声でたずねる。
「んんっ…あと、もう少しだけ…」
返ってきたのは慎重な判断。
漏れそうになるのを必死にこらえつつ、私は、わ、私は、一家のだい、大黒ば、ばしらとしての威厳をたた保とうと、け懸命にこらえるが…ま、まだ…まだかっ!
トイレの中では、ウォシュレットの音がいつまでも聞こえていた…。
…あっ。
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