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2024-09-19 22:01:29 に投稿
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クレヨン王室博物館長 その3

by もっさうめし

※前:https://nijie.info/hensyu.php?id=640155

~~~~~~~~~~~~~

あの方は毎夜、部屋に現れた。

戒めが解かれたあと、わたしは体を清めてあの部屋に入る。
あの方は口づけをし、乳房の柔らかさを確かめておなかに頬ずりをする。
それから、泉から蜜をあふれさせるまでやさしく責め立てる。
わたしが達したのを見届けると、神の許したまわぬ場所へと精を放つのだった。

1週間。わたしはあの方の心を理解しはじめていた。
愛してくれているのかは、正直分からない。
しかし。子供が欲しいと思っている事だけは本気なのだと。

あの方が帰る前に少しずつ話しかけるようになった。
あの方も応じていろいろな話をしてくれたた。
わたしの知らない知識。訪問した異国の話。
いつからか夢中で聞いていた。
おとぎ話をせがむ少女のように。

そのころには、身分違いなど忘れて恋に落ちてしまったのだろう。

「なになに?最近浮いた話があるようじゃない?」
プーチ夫人はどこからそんな話を聞きつけてくるのだろう。
「そんな話じゃないザマス。」
「あらあら。『そんな話じゃない』ってことはなんにもないってわけじゃなさそうね。」
たしかに『そんな話ではない』ということは、『噂の種がある』と言っているようなものだ。
「でもね、ほんとに最近のあなた少し変ったわよ。楽しそう。」
わたしは必死に平静を装った。
でも、いきなり子供ができたって言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。

でも神様はお許しくださらなかったようだ。
21日目。月の障りが訪れた。
あの方は鍵を開ける前にそれに気づいた。
そのときの悲しげな顔を忘れることができない。
体を清めるために水を浴びた直後、あの方が入ってきた。
床に押し倒すと、脚を拡げて舌を入れる。
「だめ、まだ清めて、ああっ!」
そのまま、わたしが達するまでその行為は続いた。

「すまなかった。今日は帰る。」
あの方の眼に光るものがあったのは、見間違いだったろうか。
わたしはもうあの方には会えないのだと思った。

それでも、あの方は次の日も現れた。
「約束のひと月までは、まだある。」
そうおっしゃった。

わたしもつとめて今までと変わりなく応じた。

そのころ、あの方の領地では問題が起こっていた。
短い夢の終わりが来たことを理解した。

30日目。

身を清めた後、あえて職服を着てドアを開ける。

「殿下。領民たちが困っております。御領地にお戻りくださるようお願い申し上げます。」
「…ついにこの日が来てしまったようだな。長い間不自由させてすまなかった。」
戒めを見ながら続ける。
「実は私には種がないのだ。運命を信じてみようとあなたの話に乗ったのだが、奇跡は起らなかったよ。」
種がない?それでもあなたは毎日ここへ…。
「ああっ!わたしなんてひどいことを殿下に…。」
鍵をかけたのも自分の子であることを確実なものとするためだったのだ。
「いいんだ。少しだけ夢を見させてもらえた。」
泣きじゃくるわたしの肩に手を置いて宥めてくれる。
どこかでこんな記憶が…。

「殿下、最後に2つお願いがあります。」
「なにかな?」
「最後にわたしにお情けをください。わたしが満足するまで。」
「喜んで。」
「もう一つは記念にこの部屋から1つ何かを持ち出したいと思います。いただいてよいでしょうか。」
「構わないよ、この部屋を使うのはこれが最後だから。」

職服を脱ぐ。あの日と同じようにその下は何も着ていない。
再び、わたしをあの方が貫く。
ひと月のあいだにふさがった傷がふたたび裂ける。
痛みと悦び。
別れのプロローグであり、恋のエピローグであることはわかっている。
それでも、自分の体すべてであの方のすべてを感じようとしていた。

わたしは求め続ける。ただの女として、いえ、ただの獣の雌として。

どれほどの時間が経っただろうか。
「私はもう限界のようだ。おわりにしよう。」
いやだ。まだ、まだ離れたくない。
蜂蜜酒を口移しで彼に飲ませる。
「お任せください。」
彼の腰に体を動かす。
王立図書館にはあらゆる書籍が集められている。
その中には、世間では見るのを憚られるようなものも含まれている。
わたしは職権によりすべてを見ることができた。
たとえ、いかがわしい指南書のようなものであっても。
「あっ!何を?!」
勢いを無くした彼を咥えてねぶる。
娼婦の指南書に書いてあったことを試す。
これほどの高貴な方のお相手がこのようなはしたないことをするはずもない。
ましてや場末の娼婦を買うことなどないだろう。
わたしはどう思われようともこの時を引き延ばしたかった。
たちまち、力を取り戻す剣からすこし目を移すと、左の脇腹にちいさな傷が見えた。
「この傷は?」
「ああ。舞踏会でむすめさんに引っかかれてしまったのさ。」
息が止まりそうになった。
10歳の社交界デビューのとき、ダンスの相手をしてくださった方。
転びそうになったところを支えてくださって、ティアラで脇腹にけがをさせてしまった方。
泣きじゃくるわたしを宥めてくれた記憶。
いまここでつながった。
あのやさしい方がこの方だったなんて。
運命の糸がつながっていたのかもしれない。
でも、これで最後なのだ。
偏見で糸を断ち切ってしまったのだ。
取り返しのつかない過ち。
それでも、わたしはこの人の鞘になりたい…。
朝までの短い時間に一生分の愛を捧げることを決めた。


陽の光がこれほど恨めしいと思ったことはなかった。
愛の残り香というにはあまりにも生々しい匂い。
あの方は服を整えた。
「鍵を置いて先にドアを出ていただけますか。わたしはお約束のものをいただいてから出ます。」
「では、待っている。」
わたしの選ぶものはすでに決まっていた。

「ありがとうございました。」
「何を選んだんだい?」
「秘密です。」
鍵をかける、何を選んだのかは調べるつもりはないのだろう。
「では。」
「ごきげんよう。」
ふいに唇が重ねられる。
永遠にも感じられる一瞬。
止めることのできない涙。
わたしは彼を突き放す。
「お元気で。」
そう言うのが精いっぱいだった。
彼はうなずくと、背を向けた。
そして、思い出したように振り返ると尋ねられた。
「あなたと初めて結ばれた場所はなんという部屋であったかな?」
「『いにしえの間』と呼んでおります。」
「そうか。運命は動かなかったな…」
そしてそのまま去っていった。


私は領地に帰ると山積みの問題と向き合った。
私の愛はあの日終わったのだ。
忙しく日々を過ごしふたつきになろうとしていた。

「都からの使者が参られました。どうも大変お怒りのご様子で。」
「なに?とりあえずお通ししなさい。」
すぐにやってきた使者はかなり興奮していた。
「あんまりではないですか!」
あまりの剣幕に言葉が出ない。
「これ、殿下の御前である。控え…」
「いいえ!これだけは言わせていただきます!当人同士のこととはいえあのような…、」
「あのような?」
「あのような破廉恥なエンゲージリングをつけさせて、ふたつきも放っておくとはどういうことなのでしょうか!殿下!」
何を言っているのかわからない。
「すこし、落ち着いて…。」
「落ち着いていられません!親友の一大事なんです。今のままでは受診もままなりません。」
「その御親友は病気なのか!?」
「病気ではございません!」
ますますわからない。
「どうか、キラップの鍵を!」
まさか!
鍵をとりだし、あの部屋を開く。

鏡台の上に小さな鍵とメモが置いてあった。
「あなただけを。」
私は部屋から飛び出す。
「ありがとう。ゆっくり休んでいってくれ。この方を歓迎の宴を。私は急用ができたので都へ向かう。従者は後から追ってこい。」
私はそのまま馬上の人となった。

運命はあわただしく動き始める。

-おわり-

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