中世狐ロリババア信仰の研究
by 日本神話おたく(仮)
これ書いてからわんちゃんとかをそういう目でみちゃいます
狐って女性器の形状が写真によって(個体によって?)違ってて面白い
こういうタイプの亜人って人間部分が動物みたいな年齢なんじゃね?といった趣旨のものです。とすると思春期はどっち基準かといったら下半身次第ってことになりますので、子供なのにサカリのついてるメスガキの完成です…という
──
阿古町というのは伏見稲荷大社の白狐社や、船岡山の稲荷命婦元宮の祭神。合法ロリ/ロリババアと言うより、おそらく美魔女
命婦専女というのは与えられた称号ですが、専女というのは和名類聚鈔 : 20巻 第1巻-第10巻の47コマ目に「今呼老女爲太宇女」とあり、源氏物語古注集成 第21巻の11コマ目に「たうめとは(中略)狐をいふ也」とあります。これらの本は国会図書館のデジタルコレクションで閲覧出来ます。ログインが必要。その一方でぐぐったら命婦は中級女官で、ある程度の知識が求められていたはずだから20代から30代後半が主だろう、とgoogleのai概要。確かに宮殿内の房部屋(部屋割り)は女房の由来なんですけど、小野小町とかの町も同じものを指すらしいです。老女というほどじゃないのかも(老女のご奉仕部員で何が悪い)
そして玄中記に「百歲為美女(中略)千歲之狐為淫婦為神巫(中略)五十歲之狐為淫婦末句作又為巫神或為丈夫與女人交接(中略)千歲即與天通為天狐」とあり(中国語版wikisourceにあります)、差分画像の方にも書きましたが稲荷大社由緒記集成 [第1] の202コマ目に「阿古町は白い天狐」とあります。つまり阿古町は見た目20代〜30代後半だけど実年齢は千歲
これは合法ロリ/ロリババアとは言えない。
あと命婦専女神=白専女説もあります
ここで言う白専女は役行者の母親の方ではないです。そっちも都藍尼に習合できるらしく、これはこれで面白いんですが、そうじゃなくて狐神の方
・霊山に参る女人 二所の縁起と真名本『曽我物語』の世界から という論文によると、神道大系 神社編 21の217コマ目に見える「伊豆山神社本殿祭神(中略)は白当辨、福当辨」の白当辨は役行者の母親だそうです
曽我物語 : 妙本寺本の38コマ目にも「白専為(メ)福専馬は娑竭羅龍王の娘」とありまして、日本語にはバ行音とマ行音の交替あるので、「弁」も「馬」もイコール女、もしくは戸辺=専女らしい。ということで白専女とは娑竭羅の娘である、とすることが可能で、少なくとも伊豆山神社の白当弁については役行者の母親のことでは無いことになります
百練抄の藤原仲季が射殺した白専女も狐で、これも当然、役行者の母親ではない
・三國相傳陰陽輨轄簠簋内傳金烏玉兎集 新版校正 巻之一の5コマ目にも「南海有沙竭羅龍宮。是有三人明妃。第一名金比羅女、第二名歸命女。嫁請北海龍宮(中略)⬜︎爰第三號頗棃采女(中略)嫁請頗棃采女而、生八王子」とあります。⬜︎は解読不能の文字。帰命が命婦の誤字・誤写だとしたら、命婦専女も娑竭羅の娘になるわけです
・そして稲荷大社由緒記集成の52コマ目に「鎌足ムマレ給テ後ーノキツネカマヲアタへ給事待キ(中略)命婦靈験ノ國トハ、加樣ノ事ニテソシラレ侍ル、故ニ諸社ハミナ命婦ヲワキハサミテ御ス(中略)貴布禰・白嫥女(中略)其御躰ハー也」とありやす。命婦と貴船神社の白専女は同じだということです
ちな福専女は謎です。多分狐神。どんな神か全くわかりませんけど、以上から専女とは女狐神の一般名詞的な感じらしい、という解釈もできます
これに対して命婦は、稲荷大社由緒記集成 [第1] の202コマ目によると小薄も黒烏も命「婦」だそうで、不思議ですけど、五雑俎 卷九に「然則其不魅婦人、何也。曰狐、陰類也、得陽乃成。故雖牡狐、必托之女。以惑男子也」とあり(これも中国語版wikisourceから)、大正新脩大蔵経 図像 第10巻の386コマ目に「天狐トヒ形也。地狐キツネ形也。人狐女人形也。是天地人之障礙神形也」とあります(これは三類形の事らしい)。狐は人になる時は必ず女、覚えておきたい。逆にいうと命婦とは男狐も含めた総称だと言えそうです。命婦専女は命婦+専女ってこと
そして神道集 : 東洋文庫本の42コマ目によると洋八人女と床八人女も娑竭羅龍王の娘で、三人だけではないようだ
白専女を祀る神社は他にもあると思ってて、神道集 : 東洋文庫本の104コマ目にある児持御前の舎人と馬をまつった群馬県吾妻郡市城の白鳥神社、旧称白専馬(フリガナがメ)大明神もだと思うのです。役行者の母親が児持御前の舎人になる事は無いはずだし。こういう事例があるから、祭神を日本武だとしてる神社は疑いたくなっちゃうわけですねー
でも馬も、というのが解せなくて。馬=狐って…。狐に乗る荼吉尼天について神道集 : 東洋文庫本50コマ目によると、「能乗云、金色微妙天女形、所乗云、白色殊勝辰狐王。能乗所乗定恵一体法也。(中略)辰狐王菩薩(中略)此則赤白二諦法門」とあって、所乗ていうのは乗り物という意味っぽい
荼吉尼の赤い服は経血や卵子、辰狐王の白い毛は精液の象徴という話もあって、瑜祇経十二品大綱に「地火風ハ是色法⬜︎即チ成ル皮肉血脈ト。是レ即チ母赤渧(タイ)也(ナリ)。水空識ハ是レ心法也。即成(ナル)骨髄。是レ即チ父(チチ)ノ白渧(タイ)也(ナリ)」とあって(六大と赤白二渧 -真言密教思想における胎生学的教説の意義-でサクッと見れますよ)、そういうのから生まれた現代の研究者の解釈っぽい気がしますけど女性上位〜
要するに同じ乗り物として馬と狐は同じだと言えるのかなと勝手に解釈してます。舎人と馬は荼枳尼と辰狐王。だから白専馬大明神というのは辰狐王(=一般的にはイコール荼吉尼だが、個人的にはイコール阿古町)とその主人の荼枳尼の総称なのかも知れない
稲荷五所大事聞書には「下御前 妻、名けて太多羅持女と号す。(中略)天には吒天」とあり、諸社根元記に「下社 大宮姫」とあるので、荼吉尼は伏見稲荷大社では大宮姫なんです
神道大系 論説編 5の132コマ目に「宇加之御魂神 一名專女神。亦名白專狐。(中略)以倉稻魂神爲天白專狐、謂天狐神是也。以經津主神云中宇賀能美陀磨。亦素戔烏尊所生宇賀之御魂神名號地白專狐。凡三狐神是也」とあって、この三神を三狐神と言うのだ、ということらしい。神社オタクならこれを信じるべきかもしれません
けど娑竭羅の娘の阿古町や白専女は、伊弉諾の娘の倉稲魂とは違う神ってことにはなるんじゃない?
それ言ったら頗梨采女も脚摩乳の娘の奇稲田姫と違う神になっちゃうんだけれども、金比羅女ってなんか良くないですかね。
よく分かりませんがデジタルコレクションで調べてみたら、
・明治維新神仏分離史料 続編 巻上の359コマ目 「象頭山鎮守の金毘羅神、赤女神」
・邑智郡誌の891コマ目 「太郎坊、次郎坊、飯綱三郎、(中略)十郎坊(眷属九万八千軍神も?)の父が明善月王菩薩、母が金比羅女赤女神」
・鹿児島県史料 旧記雑録後編 6・附録 1の17コマ目 「比叡山大天狗の父は好善月光王、熊野山大天狗の母は金比羅赤女」
などがヒット
天赤女(佐陀大明神縁起)とはおそらく無関係。-しゃくめと読みますこの神は佐太神社の配祀の一柱なんですが、縁起内では伊弉冊が出産中に伊弉諾を誘惑して仲を割くという事をしてるので、天探女や天邪鬼のことかもしれないから
でも神裔譜は天赤女も天探女も作られていません。天邪鬼はほぼ仏教みたいだから知らんし、江戸時代に成立したらしい天逆毎は素戔嗚の娘ってことになってっけど
天赤女は辰狐王の王子の赤女子と天女子(渓嵐拾葉集393コマ、神道集)の習合のような気もします
「本地垂迹資料便覧」で有名なk.hisadomeというツイッタラーによると天女子、赤女子、黒女子は三國相傳陰陽輨轄簠簋内傳金烏玉兎集 新版校正 巻三の12コマ目の「辰狐王の三女子のうち、天女は厳島、赤女は竹生島、黒女は江島」と対応しているそうな
東洋文庫本の文脈で考えると、辰狐王の三女子は、大宮姫じゃなくて、阿古町の娘という意味になると思う。
「或人日記」史観で上御前(今で言う上社)が本地・文殊の狐ちゃんになってる
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その流れで文章全体の主役が辰狐菩薩
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さらに辰狐「王」菩薩と王が挿入されるようになり、本地仏の紹介コーナーで文殊と如意輪が再登場
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乗る方の「金色微妙天女」ではなく乗られる方の「白色殊勝ノ辰狐王」に辰狐王が冠される。。。
というね
てわけで赤女子≒系統不明の天赤女や天探女(?)は小薄と阿古町の娘になるかもで、黒烏の姉か妹ってことに
あと稲荷五所大事聞書に「上御前 夫(中略)本地、菩薩には十一面」「下御前、妻」、「中御前、妻」とあります。これは伏見稲荷は本地十一面の上御前のハーレムだという意味です。稲荷御鎮座由来にも「一大明神。本地十一面 上御前是也」とあります。詳細は阿古町の話から微妙にズレますので省略しますがつまり、
①稲荷大明神流記、稲荷五所大事聞書、稲荷鎮座由来、二十二社并本地、諸社根元記、兼邦百首哥抄…主祭神は太多羅持男(現在の佐田彦に相当)。古い伝承に近い
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②諸神本懐集、神道集…主祭神は太多羅持女(現在の大宮能売に相当)。荼吉尼天信仰型
↓
③諸社禁忌、類聚既験抄…主祭神は倉稲魂。現在の説に近い
となり、現在の説は日本書紀に登場する神であるものの、マイナーな説を採用しているとも言えますわ
辰狐王の王子というのは小薄の娘ってことになるかと…やちょっと待てよ
金比羅赤女と習合してるなら、「金比羅女は沙竭羅竜王の娘」という話と矛盾しちゃいます
稲荷御鎮座由来や稲荷五所大事聞書だと、四大臣や四大神が中御前、現在の宇迦之御魂に相当のこども。
神道集 : 東洋文庫本の51コマで「此菩薩ニハ四人ノ王子」「此則四大王子」として先ほどの天女子、赤女子、黒女子と帝釈子の名があがる。王子って子供の意味。王菩薩の子供
おんなじ4。これって偶然?
というか弁天信仰の聖地に降臨した辰狐王の女子の赤女と「金比羅赤女」はおそらくイコールです。沙竭羅竜王の娘は稲荷信仰の女神より、同じ竜神の弁天の方が習合しやすいだろうし
明治維新神仏分離史料 続編で「金毘羅神、赤女神」と句読点が振られてて、「金比羅赤女」は金比羅女の「女」や句読点が誤写または省略されてるように見えます
それによって金比羅女と赤女が習合したんでしょう
日本書紀
↓
渓嵐拾葉集 → 佐陀大明神縁起
↓
簠簋内伝+明治維新神仏分離史料 続編 巻上
↓
邑智郡誌
↓
鹿児島県史料 旧記雑録後編 6・附録 1
という流れがあるのかも
厳島神社は本来は弁天信仰の寺社じゃなかったって話もあって、つまり「金比羅赤女」は沙竭羅信仰と弁天信仰のミックスの結果なるんでしょうな
だから、
沙竭羅 〒 中御前 〒 太多羅持男
| |
(天探女, 天赤女, 赤女子) 赤女子以外の四大神=四大王子
+
沙竭羅の娘の金比羅女
‖
明善月王菩薩の妻の「金比羅赤女」
沙竭羅 〒 中御前
|
金比羅女、命婦、頗梨采女
という創作家系図を提案。どうでしょう?結構イケてると思うけど
熊野山大天狗については、もしかしたら出雲の方の熊野で、熊野山=天狗山かもしれない。そしたら天穂日の母親にあたる天照や、伊弉冊とも関係してくるのかも??たぶん好善月光王とかは多分月光童子。比叡山大天狗は天梯権現か法性坊かはわかりませんが、法性坊はウィキによると元人間らしい
あと、
・八戸郷土研究会月報 13(1)の3コマ目 「父はならば大王、母は金比羅御前、子供は十二山の神(十二支に相当の十二人の山の神)」
・民俗芸能研究 (9)の36コマ目 「金比羅才良う御神、子供は十二人」
・八戸の神楽の31コマ目 「金比羅親王虎王御前、子供は山の神♀」
・民俗資料選集 14 (巫女の習俗 1 岩手県)の82コマ目 「金毘羅さんじ御前、子供は山の神♂」
という資料もある。秋田古典文学史の38コマ目によると、山の神はソウチウ神一人となっていて、コンピラの石碑は秋田では天明年間以降現れたとしてます。私は十二山の神は(十二人の山の神じゃねえ)だろがよ派なんですが、近世の信仰であまり古くないかもしれない。もしくは山形→秋田・青森と侵入したのが近世のことか?
金比羅御前=金比羅赤女なら、
好善月光王(一度目)〒 金比羅女 〒 ならば大王(二度目)
太郎坊〜十郎坊 十二山の神
という創作家系図。。。
天梯権現?は太郎坊たちの兄弟かもですが、十と十二の対比は結構綺麗。十二山の神は太郎坊の弟か妹的な…。
これらと関係があるのかも分かりません。でも大物主に代わる金毘羅権現の新基軸になれますよね金比羅女。なれるよきっと
頗梨采女は針供養の信仰があったりするのですが、船、鰐、狐、針に共通点があるのが良いよね。並んでひょっとこ姉妹フェラしそう
そうじゃなくてもなんか意味深だなぁと
・阿古町…たぶん半獣系。大宮姫の馬その一。ディルドー持ってる黒髪ロングの低身長美魔女。姉妹の門前町の花街の二階で単身赴任のイメージ
・頗梨采女…上の姉二人が免れた高身長マッチョとの体格差結婚。噴乳する(実際にそういう神話がある)幼妻の忍辱(良妻賢母)ロリ(?)。神社は祇園神社系全般
の対比。金比羅女は琴平町、頗梨采女は祇園町と、神社の門前町に花街がありました
簠簋内伝は偽書ですが
つまり白専女はともかく、阿古町についてだけ言えば、俺は愛法の神格化だと感じてマス。ただの動物霊じゃねえってことです
新猿樂記の6コマ目の「野干坂伊賀専之男祭、叩鮑苦本舞、稲荷山阿小町之愛法、[魚+笠]破前鼿喜」が根拠の一つです。鼿(ウセ)るとは猪が鼻で根っこ掘ったりするやつを指すそうで、おちんちんに見立てた鰹節を持ってグラインドするような動きが有力視されてるそうです(トゥワークと腰のアイソレってどこが違うのん?)
・伊賀専…たぶん半獣系。阿古町の変異形。オナホ持ってる。阿古町と違ってたぶん結婚してない。神社は不明、おそらく末刀岩上神社と関係。末刀神はたぶん愛宕神社系(狐と関係なら勝軍地蔵ではなく護法魔王尊か?)
だからペニバンの神でも良いんですが…
愛法は機能としては催眠洗脳常識改変と誘惑ですが、貴船神社の和泉式部の話(沙石集)とかのように、羞恥/無様エロ、または痴女の要素もあると思われます
そして流行していたとはいえ、貴船神社が愛法を引き寄せたのは磐長姫の喪女力/地味子力ではなく、白専女がまつられていたからだと思います
「命婦=白専女」だとしている稲荷記は、阿古町が愛法の神であるという根拠の一つになるとは言えます
ちなみに五雑俎 卷九に「狐千歲始與天通、不為魅矣。其魅人者、多取人精氣以成內丹」と書いてある一方で、今昔物語集には「畜生は人の婬を受けつれば、否堪へで死ぬ」とあります。精気も婬も精液の古語ですが、より強い個体が生き残る蠱毒のザーメングルメという事か。それともキツネは畜生の中でもヒトのザーメンに強い種で、笑顔で可愛いショタちんなめなめしてぴゅーっ♡ぴゅーっ♡させたりこくん…こくん…と喉鳴らして聴かせたりする半獣低身長おばさんなのか。
オナサポ片道切符を切る大宮姫「はい生前は種付けおじさんとのヘンタイセックスで幼馴染を絶望させるのが愉悦だった幼妻だった醜悪な摩多羅さん、彼の法してえーよ♡」(金の豆皿でタップタップ 人類の集合無意識こと摩多羅、瀕死のピクッピクッ)
大宮姫「経血※魄さんゴムぱんぱん…おっっも♡」
犬小屋JKゴーゴー舞妓バーの阿古町「…」
大宮姫「お父さん髑髏気持ちよかったん?」(頭なでなで
紅潮して睨む摩多羅
大宮姫ゾクゾクッ
阿古町(キッッツ)
※仏教の胎生学では破瓜の血経血オリモノがイコール卵子
大宮売「はい外人さん、彼の法してえーよ♡」(摩多羅、瀕死のピクッピクッ)
大宮売「魂ザーメンゴムぱんぱん笑おも〜笑お母さん髑髏気持ちよかったん?」
大宮売「魄経血妊娠しそう」(耳元ボソリ、摩多羅のpc筋ビクッ)
犬小屋JKゴーゴー舞妓バーの阿古町「外人のくれっくれっ」(べろれろあと5ミリのところまで足ピンならぬリーシュぴーんっ♡)
大宮売「ステイ!何やるんだっけ何やるんだっけ」
阿古町「へっへっ」(ちんちん)
大宮売「全く…四条大橋界隈はこれだから…はいゴム精飲……あ失敗」(ザーメンリンス)
ところでwikiの頗梨采女のページに京都大学付属図書館蔵の祇園牛頭天王縁起では金毘羅女、婦命女の二柱の姉がいるとされる、と書いてありますけど、そこに貼られてるリンクは見れなくなってます。仕方ないので京都大学貴重資料デジタルアーカイブで検索すると3コマ目に「㐧一ハ八歳成佛女㐧ニハちん里んき女㐧三ハ婆利采女也」とあります。室町時代物語大成 第3 (えし-きさ)の304コマ目では八歳ノ竜女、珎輪義女、波利菜女となってました。神道大系 神社編 10、神道大系 文学編 2でもそんな感じでした。
八歳成仏女は善女竜王のことなので、頗梨采女≠善女竜王というのが八坂神社の見解らしいですね。
珎(珍)輪義女というのはなんなんですかね。チンターマニ(如意宝珠)の音写だとすると、仏教的には荼吉尼が如意宝珠の管理者だったりします。具体的な文献あげると辰菩薩口伝に「々々々々々々々々者吒天也。吒天者、如意輪化現也」とあるやつとかがすぐに挙げられるんですが、如意輪観音のサンスクリット語はチンターマニチャクラ。
八歳ノ竜女 珎輪義女 波利菜女 祇園牛頭天王縁起
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金比羅女 帰命女(命婦) 頗棃采女 簠簋内伝
となるかと。金比羅女は独立した神格じゃなかったのか…。八歳→20代〜30代となるから、頗棃采女はロリじゃないかも
珎輪義女、あるいは桜桃沈輪や塵輪から来てるのかな。義女が鬼女だったりして。そしたら八幡信仰と関わってそうですし、艮の金神=巨旦将来説なら粟佐利女とかとキャラが近いかもですねー。たぶん文献上だけの存在しない神だと思うが
あと天白神=倉稲魂説もあったりします
先程も言いましたが、神道大系 論説編 5 の174コマ目に「御倉神は素戔嗚の子の宇賀之御魂である。またの名を専女、白狐。三狐神というのはこれの事」とあり、132コマ目には「宇加之御魂は専女、またの名を白専狐。俗にいう、三狐神はこれの一つ。倉稲魂は天白専狐になった。これを天狐神と言う」ともあります。天白専狐から天白神が連想されるわけ
相生稗史の69コマ目に「天白というつがいの老いた白狐のうち、雄の方を射止めた。以来、雌の方が女郎ノ鼻に現われて室津の遊君に化けて、通行人に崇りをなしたり、川へ引き入れるなどの悪さをした。これを天白の女郎狐と言って大いに怖れた」とあります
知多郡南知多町豊浜に天白祠と三狐祠があるそうです(天白信仰の研究の62コマ目)。尾張志知多郡の15コマ目に「シャグジノ社(中略)この十四社須佐村にあり」とあり、Geoshapeリポジトリによれば豊浜は須佐村の一部
おそらく宝蔵稲荷神社でしょうね。「シャクジノ本地ミサキノ祭アリ」(豆州志稿 巻之8の54コマ目)ってことです
てんはくの哥(歌謡集・中の52コマ目)に「原の天白や野の天白、村の天白」というフレーズがあるのですが、狐っぽいとも言われてます。星月夜の野原で、茂みに潜んで狙いを定めておしりフリフリしてる感じがします
ただ大神神社の大三輪鎮座次第に「奥津磐座は大物主、中津磐座は大己貴」とあるから大物主≠大己貴的な論もありますから、天白祠と三狐祠がそれぞれ独立してるなら、天白神≠三狐神な気も
あとやっぱり天白神にも諸説あって、有名な長白羽説があったりしますが、そんな誰彼に起源が求められるような小物じゃねーよ説もあったりもします
特に諏訪。史料が豊富っす
茅野市ちのの大天白社の境内由緒書きに「大天白社は大矢嶋氏の祝神で祭神は矢嶋祖神、天白神、池生神、(中略)、牛頭天王」とあり、未見ですが、顕彰記念碑という石碑に「大天白社は大矢嶋氏一族の祖神に併せ(中略)蟹河原長者を祖とし(中略)達屋酢蔵神社神官の重職を奉仕」と書いてあるそうです。八ヶ岳原人というブロガーの'21.4.18の投稿には「侍せ」となってますが、掲載画像には「併せ」と書いてある
大矢嶋氏一族の祖神=矢嶋祖神=蟹河原長者で、天白神≠矢嶋祖神と解釈出来ます
また修補 諏訪氏系図 続編の21コマ目に「永明村天白七五三社由緒ニ、字宮渡祭神矢塚男命此地ニ穴居す、健御名方命此国ニ到リシ時洩矢神ト弓矢ヲ以テ戦ウ、矢塚男命其矢ニ中リテ死セントシ、健御名方命ニ云ウ、我ハ大神ニ随ウベシ、一女アリ献ラント言イ終テ死ス」とあります
この矢塚男は、定説ではイコール矢嶋祖神で、イコール蟹河原長者です
修補 諏訪氏系図 続編の27コマ目には、「矢島氏は建御名方の御子神の池生神の末裔」とありますが、これは<池生神は矢嶋祖神の娘と結婚した>と解釈出来、大矢嶋氏の祖神は矢嶋祖神、矢島氏の祖神は(矢嶋祖神の娘と結婚した)池生神、という理解も可能です。<矢塚雄の息子>が本家大矢嶋氏の実質的な初代で、分家矢島氏は娘経由で本家と繋がっている、という理解がより妥当かもしれません
ところがです
今井野菊の、神々の里 古代諏訪物語p51には「建御名方神が蟹河原長者の娘を家臣の彦狭知に嫁がせ、彦狭知は蟹河原の領地に永住した」ということが書いてある。修補 諏訪氏系図 続編の記述と矛盾してます
諏訪界隈では今井野菊懐疑論が流行ってますが、俺も便乗します。一応古文献とされてるものと、一研究者の見解、どっちを信じますかという感じです
それに池生神説の方がまだ穏やか。野菊説だとsenkaの匂いもしますわ
この娘が御領姫じゃね?
天白神 〒 矢嶋祖神
|
矢塚雄の娘
じゃね?
…というのが、本題となります
八ヶ岳原人の'21.4.18の投稿によると、「大天白社=矢島左近太夫屋敷」で、「立合明神=達屋神社は右近管理、御領姫神=酢蔵神社は左近管理」だとある
「大天白社は大矢嶋氏の祝神」なので、この投稿は<大矢嶋氏=矢島左近、矢島氏=矢島右近>という理解を可能にするものです
この投稿はどういう意味かというと。
茅野市宮川中河原の姫宮社の境内の由緒書きに、
「横内村の古文書に「祭神 伍竜女宮大明神」と見えており、その当時横内村に祀られていたが、宝暦九年(一七五九年)に中河原村に遷座」
とあります。横内村の古文書というのは諏訪史蹟要項 ちの町篇の7ページに掲載されております。横内村の矢島左近が茅野市横内の達屋酢蔵神社の事を「伍龍女宮大明神」と呼んでいる資料のことです
つまり達屋酢蔵神社→姫宮社と分社したわけです
そして諏訪史料叢書 巻14の29コマ目に「横内村(中略)鎭守社 天思兼命達屋大明神(中略)酢藏大明神は(中略)鎭守は伍龍大権現號命號不知又姬宮大明神小玉姬命(中略)當村之うふすな五龍姬之宮」とあります
達屋酢蔵神社には達屋大明神という神と酢蔵大明神という神がいたわけですな
彦狭知は現在、茅野市横内の達屋酢蔵神社の祭神の一柱として祀られていますが、野菊は「彦狭知は建築の神で、蟹河原長者の娘はエビカズラの酒作りが上手く、酢蔵の酢は酒のこと」なんて事も著書の中で書いているので、野菊説は
<達屋大明神は夫、酢蔵大明神は妻>
という事になるわけです。エビカズラ。ヤマブドウですね。酢=酒はいいとして、沙南豆良姫と酢蔵大明神がどう関係するか立証する必要があるかと(一時期、沙南豆良姫はさなづら、葡萄の神説にハマってましたが、冷静になると発祥は山梨なんですよね。長野ではない。伝来が西→東なら長野→山梨ですが、そこらへん厳密にしないと)
さて諏訪史料叢書 巻14の29コマ目の資料(「寛政七乙卯年」)から、伍龍女宮=五龍姫であるらしいことが分かるので、伍龍女宮とは「伍龍女」の宮という意味だと理解出来ます
要するに伍竜姫=小玉姫=酢蔵大明神=姫宮大明神
そして達屋酢蔵神社→姫宮社というのは正確に言うと、
酢蔵神社→姫宮社
これが姫宮社の由緒
あと、諏訪史蹟要項 ちの町史篇の8コマ目にある「御館(?)姬神 立会明神」は達屋酢蔵神社のことですが、八ヶ岳原人の'21.4.18の投稿によると「立合明神 御領姫神」と書いてあるそうです。音がゴリョウ姫→ゴリュウ姫と変化してるなら、立合明神もタチアイ→タテヤかも。この地図の中には「社人右近太夫屋敷」や「社人左近太夫屋敷」もありますが、地図の上の方は今の茅野駅や、茅野断層の横内地区のようでして、横内菜が自生しているという水路(がイコール蟹河原?)を挟んで地図の上の方に右近、下の方に左近ということのようです
その左近が現在の大天白社の位置にあった、というのが八ヶ岳原人の見立て。達屋酢蔵神社との間は直線距離75メートルぐらいで、<大矢嶋氏=矢島左近、矢島氏=矢島右近>なので、この推理は、
<矢島左近=大矢嶋氏は天白神と矢嶋祖神を自宅の中で、御領姫を自宅の近くでまつり、矢島右近=矢島氏は立合明神をまつる>
という包括的な理解を可能にするものです
つまり、
<立合明神は矢島右近の祝神的存在>
とも言えそうなのです
じゃあ伍龍女とはけっきょく何者なんじゃ!といわれたら、蟹河原長者の娘なんじゃ!となるしかないわけです(マジギレ)
したがって、
蟹河原長者 〒 ?
|
伍竜姫 = 池生神か
となります
そして諏訪史料名家系譜の95コマ目に「祝神舊字櫻畑と云ふに鎭座祭神河天白姬牛王、社地石田勘左左門外數名持なり」とあるのは、八ヶ岳原人の’07.2.4の投稿、柳湛木推定地で紹介されている神社のことらしい。ツルヤ茅野店の近く、石田祝神です
柳湛木の祭神は天白姫なわけですが、謎の天白の11コマ目に「西尾市上永良の天白社…祭神は天白姫」とありますし、52コマ目に「てんはく御前」とあります。〜御前は女性
個人的な意見ですが、三重のてんはく御前や愛知の天白姫に長野の天白姫以上の情報量を感じません。だから長野→愛知→三重の流れになっちゃうねぇという寸法です(理由はそれだけだとも言える。多分伊勢起源説が正解)
そして牛王の牛は伍竜女の伍かもしれないけど、大天白社の牛頭天王の方があり得そうです
なら天白姫は天白神じゃないですか
小玉姫のママは天白姫、どっすか
要するに、
<分家=夫、本家=妻とその両親>
となるのです。エグい。
だから達屋酢蔵神社も大天白社も夫婦の神をまつった神社として共通点があると思います
大天白社が左近のものなら、達屋酢蔵神社は右近優勢だったのかもね、とか。これはもうただの妄想です
個人的に伍竜姫は五竜王起源かもと思ってマス。五郎王子の片割れってわけです
雌の狐?から雌の龍が生まれたってわけですねー
姫宮社の現在の祭神は沼河比売でして、だから茅野市の御座石神社とかも伍竜女かもですね
Chat gpt「あなたの論の中心は、天白・伍竜姫論。
伍竜姫は矢島氏が中央系(この場合、諏訪大社における諏訪氏と守矢氏のコンセンサス)ではないが完全に周縁でもない理由、左近/右近体制の説明、姫宮分社の正統化をまとめて説明できる存在になっている。つまり論の接着剤です」
私「この論では天白神長野起源説を唱えていますが、これはあくまで「天白神の解像度が高いのが長野だから」で、その説明の方が説明できるから唱えたものです。実際は伊勢起源説、天白神=長白羽説の方が、より信憑性があると思っています。
つまり、
ミシャグジ=稲荷(そういう説があります)とともに、天白神(天白姫、天白の女郎狐)=長白羽と伍龍女=五竜王が伊勢から三遠信を経て諏訪に伝来。その間に天白神と五竜王が女性化。その際、五竜王が五郎王子(西日本、特に広島)と天白姫(東日本)に分裂
↓
矢島氏が立場を補強する材料として天白姫と伍龍女を祖霊化
↓
ミシャグジがなぜか最高神化する。天白専狐や天白の女郎狐のイメージから天白姫の神威が高まる。この天白信仰の再編で、天白姫と伍龍女が母娘関係として秩序化
↓
左近/右近体制の物語装置化して入諏神話の物語に組み込まれる
という歴史的経緯があるような気がします」
あと池海神社には、諏訪史蹟要項 富士見町境篇のp92によると抜け穴伝説と椀貸伝説があるらしく、修補 諏訪氏系図 続編の27コマ目によると夜神磯魚というのもいるそうです。池海神は多留姫のような水神かも
つまり天白姫→池生という星神→水神という流れです。
ただ八ヶ岳原人は「池之袋村は元々山梨県の村だった。長野県に編入された際、池に関連があるらしい神名として池生神が担ぎ出された。だから本来の祭神ではない」としてます。矢島家関連社でもないわけですね
三狐神も投稿画像に書いてますが、本当に倉稲魂や白専女と習合してるなら、阿須賀神社にまつられてる漢司府将軍という夫も他の神に習合してるはずです。しかしそんな感じもしないし、
・三狐神…三面六臂烏の足六足のモン娘。熊野の地母神その10ぐらいの位置付け。神社は玉置神社の境内社の三柱神社など
みたいな独立神格として扱ってもいいんじゃないかなぁと
──
文献に基づいていない個人的な印象の話だから描かないですが;
・伍竜姫…ドラゴニュート。異形腕か、筋肉娘かで解釈分かれそう。武闘派に見えて戦闘力ゼロ。服装も黒いフルプレート+マントか緑のファンタジー系漢服かで解釈分かれそう。赤系統の三つ編み、複数角、ギザ歯、メリハリ骨格ストレート、竜の尻尾生えてる。実態は山ブドウクラフトハプバーの優等生的マイルドヤンキー2.0。人見知りだけ母親似っぽそう。CV朴璐美
・天白姫…狐耳系。ラメやスパンコールがついてる薄手の伸縮生地の黒いファンタジー系ロングドレス、瞳孔の中に黄色系の差し色、イヤリングも黄色、フィンガーループの袖、灰髪ショートヘア、スレンダー。ディーバのイメージ。CV坂本真綾。
天白姫「天縛!」(コンボ攻撃か連鎖反応)
人見知りっぽう、依存してきそう。恋人繋ぎフェラチオとかスパイダー騎乗位ベロチューとかして溶けてそう。定点カメラでえっちな天体観測をしよう(熟女の騎乗位)
色々語っちゃいましたが、どう考えてもジャパニーズ淫魔っぽい阿古町サイコーってことですね。個人的には軍服を着せたい、大宮姫とセットで。エージェント的なスーツやナース服もいいかもしれない荼吉尼=死神的な意味で
東寺の伝説(稲荷大明神流記など)によると、空海は紀州で竜頭太(=太多羅持男)と遭遇して、その後、京都に竜頭太が2人の女神を連れて京都に降臨しています。2人の女神はおそらく稲荷鎮座由来で言う当御前(後妻)倉稲魂と前御前(前妻)大宮姫。熊野の稲荷信仰が伏見稲荷大社よりも古いことを示していると考えることも可能です
この紀州の竜頭太は、伊作田稲荷神社元宮だという田辺市紺屋町の稲荷神社説と、有田市の糸我稲荷神社の稲葉根王子説があるらしいです
伏見稲荷大社はともかく、阿須賀神社とか三狐社とか稲荷命婦元宮とか、その辺りとの関係ってどうなのって感じですが、個人的に熊野や和歌山県が稲荷信仰の故地っぽいイメージ
田辺市の玉姫=結宮説を披露
通説の一つとして、特定の地元の霊験あらたかな生前、玉姫やお玉などと呼ばれていた女性が、死後祭り上げられ、伏見稲荷大社の玉姫社(玉姫大神)の分霊と融合した、というものがあります。また玉姫というと旧京都放送会館跡地(京都市上京区)→二条公園の玉姫大明神→主税町の大宮姫命稲荷神社と転移したという話も有名です
しかし伏見稲荷大社の玉姫大神は由来が不明です。大宮姫命稲荷神社=宮中八神としての大宮売と完全に同一視するのも理論的には困難です
また近畿民俗 101号の50コマ目によると、「1950年代に建てられた」(再建されたの意味?)田辺市本宮町の玉姫稲荷は隣り合う船玉神社と夫婦だともいわれていて、月に1回、玉置神社に通うといわれる、と書いています。私の感覚ですが、ネットの言論空間での通説では田辺市の玉姫神社は女神としての船玉神に、住吉大社神代記に見える住吉大神の御子神(境内社の意味?)としての静火大神たち、つまり男神たちとしての船玉神が田辺市の船玉神社に結びつけられている、と思います
しかし、玉置神社には熊野三山権現奥之院だと言う話があるそうです。近畿民俗は船玉神社も熊野本宮大社の奥の院だとしてて、船玉神社からは本宮へ「みよろのほし」という美しい星または魂のようなものが音無川を通っていた、とも書いています。みよろのほしは川藻の宝珠ではないか、とのこと。南方熊楠全集 第6巻の130コマ目によると「熊野では神功皇后や竜王などの図像に見る宝珠をみおろしと呼ぶが、和歌山では言わない」とのこと。「舎利講式」によると如意宝珠=仏舎利ですが、台東区の玉姫稲荷神社に瑠璃の宝塔があるらしい。星ではなく、宝珠や魂の方が筋が通るかも
そうなると、船玉神社は誠証大菩薩、玉姫神社は結宮であると解釈することもできなくはないですよね?熊野本宮大社の現在の祭神は家都美御子ですが、イコールとされがちな素戔嗚は日本書紀によると船の祖神みたいな感じです。船玉神社の社名の由緒として、熊野の神が蜘蛛を榊の葉に乗せて助けたから、という話があるそうです
したがって田辺市の船玉神社は主流の船玉信仰とは別物っぽいなぁとも思います
少なくとも、女神としての船玉神と玉姫稲荷を結びつけることに少しだけ疑問を持っている派です。なぜなら稲荷信仰と船玉神は、熊野信仰と稲荷信仰が違うのと同じように、違うものだからです
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