秘密のゲネプロ
by 碓井央
「これは、最後の練習だからね…貴方の心を鍛えるための」
「うん……」
「この点以外は貴方は完璧なんだから。それは間違いないんだから」
彼はすべて完璧なのだ。ただ、彼のその敏感な部分が私の身体に少しでも触れてしまうとたちまち動揺してしまい、踊りが乱れてしまう。
それを克服しないと今日の舞台で最高の結果は出せない。
だから、こうしてお互いの身体を密着させる「練習」をこれまで何回もしてきた。
「あなたの身体のほんの一部……それが当たったからって私はなんとも思ってない」
これは実は嘘だ。なんとも思ってないわけじゃない。でも、口が裂けても「ちょっと気持ちがいい」とか「嬉しい」とか言うわけにはいかない。そんなことを口走ったら、私がいままで彼に向けて作り上げてきたイメージが粉々に壊れてしまう。
「そうだよね……」
ふと、彼の口調が沈んだように感じた。
なんとも思ってない、という言い方は良くなかっただろうか。
私は言葉を探した。
「あれだよ…貴方の身体だってことはちゃんと意識してるよ? 感じてるよ?」
「そ、そうなんだ」
「だから意識していいよ。貴方の大事なところが、私の大事なところに当たってるってことは」
「…………」
「いや、だからね……」
急に胸がどきどきしてきた。まずい。
「私を気持ちよくしてるんだ、ぐらいに思ってくれればいいんじゃない? いや、いま、私が気持ちよくなってるってわけじゃないよ、もちろん」
なんだか自分が非常に慌てているのだけは分かる。
「その、ほら……本来はそういうものなんでしょ、そういうときは? よく知らないけど」
「僕も……知らないけど。そういう経験はその……まだないし」
「そ……そう」
それを聞いた瞬間、私はひどく心が安らいだ。どういうことだろう?
とくに意外というわけでもない、私たちはまだ子供の部類なのだから。
「私も……ない」
私がそう言うと、驚いたことに彼もなんだかほっとしたような表情になった。
その瞬間、なんとも言いようのない感覚が私の背筋に走って、思わず身体が震えてしまった。
「……大丈夫?」
彼が少し掠れた声で訊いてきた。
「ううん、何も……」
考えてみれば、こんなことを「練習」と称して実行してしまっている私たちはけっこうただならない関係なのかもしれない。でも、なんだか今、その関係がもうすこし先に進みそうな予感がした。
でも、それはまだ言わないでおく。
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