夏の終わりで

by 永松平蔵

受験生に休む暇は無い。

この一年間は無休で勉強に身を捧げなければならない。


周囲が過酷な受験勉強に突入し、日に日にピリピリしてくる学友達につられる様に、
僕も夏期講習から本格的に参戦する事となった。

夏の暑い日差し。
行き交う人々は夏を謳歌し、子供達は元気良く遊ぶ。
夕方からの夏祭り、或いは夜からの花火なのか、浴衣の美しい女性達が
キャッキャウフフと楽しそうに歩いている。
中には浴衣の彼女とこのクソ暑い最中、手を繋いで幸せそうに歩いているカップルすらも…。

そんな光り輝く世界にいる人々に、背を向ける様に僕は塾へと向かう。

繁華街から外れの、古い雑居ビル。
そこの5階に僕の通う塾がある。
意識高い系の学友達が通う様な、イケてる塾には入りたくない。
なるべく知り合いの居ない塾がいい、と通う事を決めたのだが。
この古いビルの佇まい、薄暗く、陰々とした今の心境と共に、一層暗く感じる。

個別指導の塾で、先生一人に対し生徒は2〜3人。
学年はバラバラで、先生とは当然交流はあるが、生徒間は全く交流が無い。
そこも僕にとっては非常にありがたかった。


教室に入ると、衝立で仕切られた席に着く。
先生と2、3やり取りをして、黙々と問題を解く。
指示されていた問題の中頃まで解いた所で、女子生徒が教室に入ってきた。
僕の隣の席に彼女が座った。
フワッと甘い匂いがして、彼女が準備する音が隣から生々しく聞こえてくる。
意識が完全に奪われそうになるのをなんとか戻して、問題に取り組む。
…が、集中力が切れてしまったようだ。。
先生と彼女が会話している。
彼女の鼻にかかった可愛い声が聞こえる度に、無意識に耳が動いてしまう…。

彼女の事は名前も、通う学校も、学年すら知らない。
ただただ、単純な一目惚れ。
見た目的に年下…とは思うけれど、クラスの女子にすら話しかけられない僕には。
他校の、しかも年下の女子と話すなんてハードルが高過ぎた。


2時間程、隣で勉強していた彼女は、その日の課題を終わらせ身支度をしていた。
「今日、お祭り楽しんでね」
「はい。卒業以来久しぶりに会うので、ちょっとドキドキしますけど」
チラッと衝立から覗くと、彼女の眩しい笑顔が見えた。
勉強漬けの日々だけど、彼女と夏祭り…行けたらな…。
そんな事を思いつつ、陰から勝手に好意を寄せている事に自己嫌悪した。


どっさりと課題を出され、模擬テストの弱点を指摘され、ボロボロになった僕は
重い体をなんとか立たせて、帰り支度をする。
教室から出ると、廊下で見た事のある連中が談笑していた。
「！？」
どうして！？！？
クラスの連中が来ない場所、と思っていたので完全に気を抜いていた。
バクバクと心臓が跳ねる。
思わず柱に身を潜めて伺うが、しばらく退きそうにない…。

仕方ない…。

気が進まないが、僕は屋内避難階段を使って外に出る事にした。

重い扉を開けると、薄暗く狭い階段。
古さも相まって、何か出そうな雰囲気…。
しかし、選択肢は無い。

意を決して降りると。

グスッ…グスッ…。
階段から鳴き声の様な声が響く。
行くも地獄、戻るも地獄なら…行くか…。
僕は恐る恐るゆっくりと階段を降りると…。


彼女が居た。
僕が一目惚れして、片思いしていた彼女が。