暗い夜道は | エマネマン

暗い夜道は

通常と汁差分＋効果音付き2枚と色違い汁差分が2枚です

フレーバー程度のSS
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じっとりと水けを含んだ草が、前に進もうとする体にまとわりついてくる。
ほとんど手入れをされていないと思われる雑木林は、腰ほどの高さまで伸びた草が
繁茂していて、彼女は一歩一歩確かめながら歩くしかなかった。
「まったく、なんでこんなに草が生えてんの…」

小一時間前、彼女は残業と電車の遅延で失った時間を一分でも多く取り戻そうと
足早に帰路を急いでいた。
ただ、いつもと違ったのは通勤ルート沿いにある研究所の前の通りが封鎖されていたことだった。
街灯の少ない通りを、赤色灯が道路沿いの住宅を浮かび上がらせていた。
こんなときに限って、といら立ちを覚えた彼女は
野次馬の横を抜けて、警戒テープの手前に立っていた警官に事情を尋ねた。
「さぁ、こちらも事情は把握してないんでねぇ」
この先を抜けていけば直ぐなのに・・・、テープの向うにはパトカーや機動隊の車両が並び、物々しい雰囲気である。
SF映画に出てくるような防護服を着た数人が各々計測器のようなものを抱えて、研究所の門の奥へと入っていく。
ここで待っていても封鎖が解かれて自宅に戻ることはできなさそうだ。
横にいた野次馬が誰に言うでもなく話す。
「なんだろうねぇー、危ないガスでも漏れたのか、なんかやばいものが逃げ出したのか」
危ないものってなんだ、こっちは早く帰ってご飯食べて風呂入って寝たいんだ。
心の中で悪態をついて踵を返す。

そういえば、研究所の横は林になっていて人が通れるんじゃなかったか、とふと思い出した。
通勤ルートからほんの通り一本分外れた場所であるが、用が無ければ通るような場所ではないので、
もう10年は昔の学生の頃の話だ。だが、一刻でも布団に入りたい欲求からそれに賭けることにした。
彼女は見上げるような高さの壁沿いに歩き、壁が切れるところまでやってきた。
街灯に照らされた林の奥は呑みこまれそうな真っ暗闇だった。
すこし身震いすると、携帯のライトをつけ、踏み固められた管理用の道にはいっていった。　

それから小一時間、彼女は家に戻ることはおろか、いまだ林の中、
背の高い草に囲まれ、通ってきた道も見失っていた。
方向感覚はいいほうじゃないけど、それにしてもおかしいじゃないの。
とにかく来た方向の反対側に進むしかない。
彼女は腹いせに草を薙ぎながら、通りへ抜けるであろう方向へ進む。
ふと、なにか甘い香りが漂ってくる。
どこかの家の夕飯の匂いだろうか、だとしたら通りは近いはず。
すこし希望が見えてきたが、林の向こうは相変わらずの暗闇で、それらしい灯りは見つからない。
漂う甘い香りに腹がグゥと応える。会社を出てから何も口にしていなかった。
風のせいなのか、さらに香りが強くなる。
頭がなんだかクラクラしてくる。はやく何か食べ物を・・・
空腹か、はたまた別の何かによってか、ボンヤリとした意識で足を踏み出そうとする。
しかし、上げようとした足は泥にハマったかのようにびくともしない。
足元を携帯のライトで照らすと、なにか巻き付いている。
いつの間に、と違和感を覚えたが、絡み付く草を振りほどくように足を上げようとした。
と、同時に彼女の周囲の草が立ち上がり、彼女を取り囲んだ。
木立がいきなり成長したかのような光景を目にした彼女は、とっさに身をかばうように
携帯のライトを前にかざす。
照らされた物体がぬらりと灯りを反射し、しなるように鎌首を下ろし、
彼女の顔にその先端を近づける。
先端が切れ目からめくれるように裂け、さきほどからの甘い香りを放った。

わずかに漂っていた甘い香りの神経ガスを直に嗅がされ、体と思考がマヒしてく彼女が
これから自分の身に起きることを予想できるはずもない。
触手が体を這い上がり、巻き付いていく中、ただただ今日の自分の運の無さを呪っていた。